優しい女と卑屈な男






さら、と幾数もの桃糸が、頬を、耳を撫でる。
酒で紅潮した相手の顔が近付く。
柔らかな、ぬめった感触を感じた。
唇はすぐに離れていく。
アルコールと微かな柑橘系の味が自分の唇に残った。
「サ、サスケ君。」
会話の途中でいきなりベッドに押し倒した割に言葉には勢いがない。
いや、こちらの出方を待っているのか。
転じて、その状況を冷静に、さながら傍観しているかのように受け止めているオレがいる。
で、どうする。

「何だ。」
いつものように応えることにした。
こんな状況で、そのいつものオレに戸惑ったのか、うろたえたのか、サクラはさらに勢いをなくす。
「あ、その…」
仰向けに押し倒されてそこにサクラが乗っかっているから、二人は間近で見合わせた形になっている。
だからいつもは、面倒臭くて直視しないサクラの顔・目を、今は見つめながら彼女の出を待つ。
そしていつもは、オレを直視してもオレには直視されない彼女は、慣れない視線に戸惑っている。
その様子は容易く見取れた。
だから面倒臭そうに、視線を天井のシミに移してやる。

「用がないなら降りろ。」
「ち、ちが……、ちゃんとあるの!」
用がない筈はない。
「…私たち、結婚を前提にしたお付き合い、っていうの、してるんだよね?」
要求は解っている。夜中、酒とつまみを片手に無理矢理家に押しかけてきた時から。
「でも、さ、もう何年になるっけ?」
ああ、面倒臭い。
「3年も付き合って、きちんと出来たデートは4回、同棲は駄目、家にいきなり行くのも駄目」
いちいち数えるなよ。
「いのに言ったら、アンタ達、変、って。ねえ、変だって、サスケ君」
女はそんな事まで話し合ってんのか?価値観押し付けあって満足か?
「それに、キスだってこれ入れてやっと5回目だし…」
詰まるところ、心配なだけだろ。
わずかに眉をしかめさせ、溜息をつく。
「ねえ、……っサスケ君!聞い」
「それで何がしたい」

声を遮って、わざと所望の言葉は隠して代わりの言葉を突きつける。
視線は天井のシミの方向のまま。
サクラが顔を真っ赤にしているだろう事は想像がつく。
詰まるところ、心配なだけだ。オレがきちんと自分のものなのかどうか。
オレがきちんと愛しているという証明が欲しい。
「きちんと」身体的にも。

オレの片腕を握っていたサクラの手の平が横のシーツの上に離れた。
その手を見やると、震えている。
サクラの顔を見る。
サクラの視線はオレの方にはなく、とにかくオレと視線がぶつからない方へ移動していた。
唇が動く。しかし、言葉を紡ぐ前に動きを止めた。
その様子を見たオレは、フン、と口の端で笑う。
さっさと言えば楽になるだろうに。
いや、何にもならないか。
今、オレにサクラを抱く気はさらさらなかった。

黙る彼女の様子をうかがっていると、首筋に目が行く。
細い首。鎖骨の辺りの骨が、呼吸するリズムに合わせて浮いては沈む。
そしてこのアングルだといつもは見えない、貧相だが胸のふくらみが直に見えた。
そのふくらみも、浮いては沈んで存在を強調させている。
それを見て何か感じない事もない。
ただ、サクラとそういう関係になるのに抵抗を感じるだけだ。
付き合っておいて今更何を言ってるんだ?
滑稽な自分達の関係と、何より、その滑稽な関係を招いた自分が笑える。

そうして沈黙を保っていると、
サクラが胸の辺りに視線を注がれている事に気付き、また顔を赤くさせた。
これじゃ視姦だな。
この沈黙は手持ち無沙汰だ。
サクラの上衣の、ファスナーの取っ手、スライダーを人差し指にのせ、はじいた。
また絡め取って、はじく。
カアア、とサクラの顔が蒸気する。
それに飽きると、閉じられたファスナーの横の、テープ部分を上からゆっくりとなぞる。
服越しに柔らかな肉の感触が伝わる。
普通の女よりは筋肉質で脂肪が少ないが、紛れもなく女だ。
そんな事はとうに解っていた。
香りも、ふとした時に触れる体も、握った腕も、物腰も、全て違う。
オレの両足を挟んでいる、サクラの両足が震えている。
ぞく、と背筋がうなったような気がした。

馬鹿だな。
何がきっかけなのか知らないがアカデミー時代からの初恋をつらぬき、
相手にされなくとも必死に呼びかけ、その激情のまま抜け忍になりかけ、
絶縁した抜け忍を捜し求め、やっと取り戻して、今度こそはこの手をつかめたと思っている女。
その相手は、女を支え続けた男という訳でもない。いつだって自分の事しか考えていない。
今もそうだ。
サクラは自分達の関係を進展させる為に、二人で幸福になる為に、
本来こういう事に関しては積極的な性格ではない筈なのに、酒の力を借りて誘ってきた。
オレはただ、常に自分を求めてくれるサクラという存在が傍に居て居心地良い、
それだけの理由で傍に居る事を許容した。それだけだ。
だから、今背筋で感じた快感のようなものは、ただの幻だ。

なぞっていた指は既に末尾に留まっていた。
このまま、あと数センチ下をなぞれば、どうなる。
おかしい。何故こんな状況になっている?
オレは酔っていない。飲んでないのだから。
予想外の自分の行動にいらつく。

お前なら他に男はいるだろうが。
何故オレにそこまで絡みつく。
何故オレをそこまで愛する。
何で、そんなに優しい。
「サ、スケ君」
頼りないか細い声が聞こえる。
「私の事、ちゃ、ちゃんと好きなら、して。」
頼りないがしかし、キッとこちらを見据えた目で、これまでの働きを思えばささやかな要求をする。
この申し出はずっと以前から予想していた。
今回はあやふやに誤魔化して、先延ばしにするつもりだった。
が、オレの意思に反して勝手に体は動いた。
ああ、コイツ、本当に

「ウザイなお前。」
上半身を起き上がらせ、そのまま自分の体をサクラの体に押し付けて、ベッドに押し倒す。
お前がしたいならしてやる。
今だけだ。
女にのめりこむなんて、冗談じゃない。














まあ結局「サスケ、サクラの事を愛してるとは素直に受け止めれない」話でした。
おかしい、当初の予定では「サスケ、サクラを愛するが故に抱けない」話だったのに。

サスケは10を与えられて初めて1与えるタイプ、なような気がするんですよね。
(余計な)プライドが高いから。
そんでもって意識があっちへこっちへいってる辺り、
冷静を装ってはいるが実はかなり動揺してるのが容易く見取れます。
つまり、ただのヘタレた男の話なのか…