恋苦しむ







再び安心できる居場所を見つけたと思っていた。
なのに…これか。
愛され愛せる夢のような日々はあっけなくこの手の平からこぼれ落ちた。
悲観的な、しかし現実的な方のオレが首をもたげる。
もう居場所など持つな。
もう期待などするな。



「ごめんなさい…」
今は放っておいて欲しかった。
会話するのさえ嫌だったから無視する。
会話など始めれば、きっと殴ってしまう。
サクラは悪くない。
サクラが浮気をしたのは、きっとオレのせいだ。
違う。
浮気をしたのはサクラで、オレは悪くない。
サクラが浮気をしたのは、気の迷いで オレとの繋がりがそいつとよりも弱かったからではない。
違う。
さっきからこんな堂々巡りばかりで、頭がどうにかなりそうだった。
それなのにサクラが後ろから近付いてくる気配がする。
来るな
今来てどんな言い訳をされても、到底許せる気はしなかった。
「サスケく」
肩に触れようとしたサクラの手を払う。
嫌な空気が流れた。
構わずにサクラは口を開く。
「…もう絶対しないから。本当にずっとサスケ君の事が一番大切だから」
なら何であんな事を。
「絶対に絶対に こんな事 二度としないから…」
もう嘘はつかなくていい。
そんな嘘は聞きたくない。
「もう、会わないから。外に出れなくなっても、いいから…」
縛らないと駄目なのか。
あいつとの繋がりを絶たないと、オレとの繋がりは保てないのか。
「サスケ君…」

何でナルトなんだ



相手がナルトでなければ、オレは構わず殴れた。それでも元通りになれた。
けど、ナルトは…ナルトだけは…
あいつがどれ程サクラを想い、かつ動いてきたかを間近で見てきた。
言葉には出さないがサクラもそれに呼応しているように見えた。
だからサクラから告白されようが、オレの心が動こうが、
そもそもサクラと結婚する気など起こらなかったんだ。
放っておいてもいずれ二人は結婚なり、何なりする。
その方がオレとしても気が楽だった。
7班という居場所だけで充分だったから。
逆に、サクラへの恋愛感情は皆無だったから彼女の想いがうっとうしくもあり、理解しがたかった。
それ程ナルトと理解し合い助け合いながら 何故オレに恋しているかのような態度を取り続けるのか
理解出来なかった。

でも本当は嬉しかったんだ。
サクラの愛情は悪意も妬みも一切含んでいなかったから。
自分が許しさえすれば、目を閉じてその肩に頭を預ける事も出来る唯一の相手だろうと思った。
しかし、そうする事を自分に許す気にはなれなかったし、ならなかった。
頭を預けなくても生きていける。
自分が立てる居場所があれば生きていける。
だから7班で充分だった。
サクラのあやふやな想いに応えて7班を不安定にしたくなかった。
そしてその後、もしサクラがナルトへの想いを自覚したらどうなるだろう。
ナルトとサクラの繋がりが怖かった。期待して、裏切られるのが恐ろしかった。

しかしその膠着状態がナルトとヒナタの結婚で一転して動き始めた。
驚いた。
結婚自体にも驚いたが、サクラの反応にこそ驚いた。
サクラはその結婚に心から喜んでいた。少なくともそう見えた。
その反応を見て、無意識に期待した。
あれは自分の勘違いだったのだと。
サクラはサクラだった。
その言葉通り、オレを愛してくれていたと。
途端に意地を張っていたのが馬鹿らしくなり、サクラの肩に頭を預けてみた。
そうしたら、家族を失ってから初めて熟睡出来た。
嬉しかった。
二度とこの居場所は手に入らないと思って、常に立ち続けてきた。
もう期待すらしていなかった夢が叶ったのだ。

しかしその期待もやはり期待にしか過ぎなかったのだと思い知らされた。
期待などするからだ。
あのままずっと立ち続けていれば良かった。
そうすれば、こんな思いなどしていなかった。
あのままでも幸せだった。

何でだ、サクラ。
何であいつなんだ、サクラ。
オレでは駄目なのか、サクラ。



あたたかい。
肩に手がのせられていたのに気付く。
やわらかくあたたかな手。
反射的に指と指を絡ませ握った。
何をしているんだ、オレは。
しかし自分の口はそれに構わず言葉を紡ぐ。
「最悪だな」
無視すると決めていたのに、これでは許すと言っているようなものではないか。
しかし一度出てしまった言葉を引っ込める事は出来ない。
もう、知るか。
代わりに、サクラの手を痛みを感じるぐらいに強く握った。
オレがどれだけ痛かったか、消えない傷を負ったか、思い知ればいい。
もっともっと痛くなれ。
「……うん…!」
くぐもった声で泣いているのが分かった。
泣け。もっと泣け。
ずっと後悔していろ。
「次はないからな」
「うん!」
いい終わった途端にサクラがすとんと腰を下ろした。
心底ほっとしたのか、せきを切ったようにぽろぽろと涙を流し始める。

馬鹿が。
何で許した。
またあたたかな誘惑にまどわされて、期待して、裏切られるに決まっているのに。
さっき、あんなに苦しんだのに。
許すな、もう期待するな、という言葉が頭の中を駆け巡る一方で、
今涙を流すサクラを見て心底ほっとしている自分がいる。
まだ、結ばれた手と手を離すまいとする自分がいる。
そんな自分が情けなくて、でも サクラの手はやわらかくあたたかかった。





「…痛く、して…いいよ」
にこ、と申し訳なさそうに笑った。
何でそんな笑い方をする。ナルトにはそんな笑い方、しないだろうが。
サクラの言葉には構わずにそのまま腰を動かした。
胸の内にくすぶる憎悪が吐き出されそうになるのをこらえて、無表情を保とうとする。
今にも殴りかかりそうになる拳を指で握りこめる。
「サスケ君」
サクラは増して悲しそうに眉を下げ、しかし何とか口元を上げ目を細めて笑おうとする。
様々な感情に震え不自然な表情を作り上げる。
この視線の先にいる男が、女が愛する男か?
自分の眉間にシワが寄り、眉が吊り上がっていくのが分かる。
駄目だ。
サクラの唇にかぶりつく。
これ以上そんな顔は見たくなかった。
夜叉のような自分の顔も見せたくなかった。
口づけて、サクラの顔に自分の顔をうずませて、暗闇を作り
握りこめていた拳をとき開いてサクラの手を握り ひたすら行為に没頭する。
耳元でサクラの息遣いが聞こえる。
次第にその間隔が狭まり、握っていたサクラの手の力が強くなる。
ふと顔を起こし、サクラの顔を見た。
無理矢理笑おうとしていた不自然な顔が、あの惚けたような無防備な表情になっていた。
自分もそうなっているのだろう。
いや、もうそんな事はどうでもいい…
ひたすら身体を擦り合せ、唾液も汗も液体何もかもを与え合う。
苦しそうにしかし恍惚に満ちた表情で自分を見つめるサクラ。
今この瞬間だけは真実だという錯覚を起こしそうになる。
でも分かっているだろう。体だけの繋がりなど、すぐにほどける。
一時の感情など要らない。
オレは永遠が欲しい。
だからサクラ、お願いだから

愛してくれ





これは恋という感情だと初めて気付く。