傷の舐め合い



ピンポーン

ピンポーン


「サクラ」

ピンポーン


出掛けたのか?

時間に厳しい彼女が待ち合わせた場所にも顔を出さなかったのだ。
まして今日は1年のうちで自分達にとって最も大事な日であるはず。
出掛けたのではない。

ドアノブを回してみる。
が、案の定鍵がかかっていた。
もう一度チャイムを鳴らす。

出ない。

ポケットの中からピンを取り出す。
気は引けたが、このまま放っとくわけにもいかない。

ドアの鍵は案外簡単に外れた。
玄関は女物の靴が散乱している。
「入るぞ」
女の家に断りもなく入ることに躊躇したのでとりあえず言ってみる。
おそらくサクラはここにいるだろうし。
足で靴をどかしながら体を完全に家の内側に入らせて扉を閉めた。

靴箱の上にいつも生けられている花はしおれ、何日か窓を開けていないのだろう、梅雨の季節の所為もあって湿気たにおいが少し鼻に付く。

靴を脱ぎ、まず左側の扉を引いた。が、洗濯機が目に入るとすぐに閉める。
もう一方の扉か。
引いて、見ると中は日差しも当たらない上にカーテンを閉め、電気も点けていないので手前の台所がやっと見えるぐらいだった。
だがかすかに奥のリビングで人の気配がする。
構わず奥に向かうと、ソファの上の桜色の髪が目に入った。

「サクラ。」
サクラはソファに横たわり、天井をただ凝視していた。

「何で来なかった」
答えない。
代わりに、今にも消え入りそうな声でつぶやく。
「何でナルト、死んじゃったのかな…。」

心臓を鷲掴みにされたような気がした。




今日は、ナルトの1周忌だった。





「…………。」
「…。」
二人は何も言葉を交わさない。
この沈黙をサスケは重く、サクラはただ流れの中の一部として感じていた。
「……今からでも行かないか。」
サスケは手にしていた花束をカウンターに置いてサクラの応えを待った。
サクラはつ、と涙をこぼす。




あの頃の、どうしようもない、あのナルトが死んだと聞き、遺体を確認した時、の、あの感覚が呼び起こされた。サスケにも。

この1年間気丈に振舞っていた彼女と自分。
違う。
葬式以降自分達は会っていなかった。
何故。
二人で居ればナルトの事を思い出さずにはいられなかったから。
とにかく忙しさで忘れてしまおうと思っていた。
この1年間。

「……。」
何か言おうとしたが、声を出せば不覚にも泣いてしまいそうだったので、そのまま押し込む。
代わりにサクラが口を開く。
「死ねば、良かった…。」
「……」
「私が…」
「何言ってる。」
静かに怒りを含ませて言うと、サクラは体を起こしてこちらを向いた。
「ねえ、何でナルトと組んでたんだろう?私。油断してなかったら、あの時私がいなかったら…」
「仕方ねえだろ。お前の所為じゃない。」
「でも本当じゃない。」
「黙ってろ。」
「ねえ……。」
気付いたらサクラが目の前にいた。
「サスケ君。」
「…お前は考えすぎなんだよ。もう…。」
「死んでって、言って?」
「な」
「お前は死ねって言われたら、私、死ねそうだから。」
平手の音が大きく部屋に響いた。
サクラの頬が紅くにじんだように染まる。
「いい加減にしろ!」
「………」
サクラは驚いて目を丸くしていたが、同時に落ち着きを取り戻したかのように言った。
「…ごめん、サスケ君。」
「………。」
「こんなこと言われても困るだけなのに。ごめんね。」
「……」
サクラはソファに戻って腰を下ろした。
「何か、やっぱりダメだね。思い出したら。色々、思い出す…。」
自分は何も応えない。
サクラを責める気は毛頭無いし、誰を責めようとしてもその相手はどこにもいない。
強いて言えばナルトを殺した忍びであるが、既に相討ちとなってこの世にいない。
しかしどうしようもなかった、今現在もどうしようもないと言っていいほどの後悔の念と、やり場の無い怒りと憎悪が胸の内にくすぶっている。
だから何も応えられない。
自分の中で解決していくしかない感情なんだ。
例え消化出来ないと解っていても。
だからサクラの、その返答を求めている行為には無視するしかない。
「行くぞ。」
「………………。」
「サクラ。」
いつまで経ってもしぶる女にいらついてくる。
その思いもつらさもよく解る。解っていると思う。
いつものサクラを知っているが故に、その覇気の無い様子が自分の調子をも狂わせる事にいらつく。
「………お前が行かないんなら、オレだけでも行って来る。」
「ま、待って。」
「…………。」
「少しだけ待って欲しいの。そしたら、行くから…。……一緒に行ってくれるかな?」
「……1週間以内ならな。」




馬鹿みたいな晴天の下、馬鹿みたいに突っ立っている男が1人。
一面緑色の野原が広がり、風が草木や髪をくすぐって去っては来る。
男の足元には上忍ベストを脱いだ、普段着の顔見知りの女がうつぶせに寝転んでいる。
男は足をふらつかせながら何とかしゃがみ、女の体を仰向けにさせる。
男は数秒間目を脇にそらせた。
女の目は見開き、喉元はぱっくりと刃物で切られ、喉からも口からも血が流れている。
また、うつぶせであった為流れ溜まった血と土が上半身に染み付いている。
何とも無残な死体である。
その女の髪の色は――

「!!!」
叫び声を飲み込む、代わりに冷や汗が気持ち悪いぐらい全身に吹き出る。
夢。
……夢。
すぐに冷静さを取り戻すが、喉がカラカラに渇いている。
上半身を起こしベッドから足だけ出す。
両肘を足に乗せ、背を丸めて両手で顔をおおう。
今日のあのやりとりの所為だ。
正夢なんてこれまで見たこともない。正夢なんかではない。
大体自分が彼女にしてやれる事なんて、何もない。
溜息を大きく一つついて、顔を上げる。
何か飲もうと寝室の扉を見やった。
「……な」
黒い人型の塊が見えた。
瞬きをした。
何もない。




「リーダー、最近俺ばっか使ってないですか?」
「気のせいだ。」
「気のせいじゃないですよ!」
ナルトの代わりに配属された1つ年下のこの子(という年齢でもないが)はナルトと同じぐらいよく喋る。
しかし彼の言う事もよく分かる。
本来切り込み等はローテーションで回ってくる物だが、最近私には全く回ってこない。
「あのさ、最近私、あんまり使ってもらってない気がするなー、とか…。」
「お前は幻術専門だろ。前に出てもらっても困る。」
「で、でも前は………何でもないです…。」
眼力が相変わらず凄い。
「なんだよこれ、専制君主じゃないですか! よく何年も組んでますね春野さん。」
「ア、アハハ……。」
まあその節はあったけどね…。
けどあんまり不平を本人の目の前で言って欲しくない。
サスケ君、短気だからなあ……。前よりマシになったけど。
「今回の任務は終わった。解散。」
「へーいお疲れ様でしたー。」
「お疲れー…。」
「サクラは残れ。」
「え?」
「話がある。」




「反射神経鈍いな。」
反論する気も起こらない。
あの後話をするのに二人で(何故か)ちゃんこ鍋を食べに行った。
が、配膳の時に誤って店員が机の上に置いてあった私の両手目がけて鍋をひっくり返した。
何とかその鈍い反射神経のおかげで指先を火傷するだけですんだが、やはりヒリヒリと痛む。
「そう言えば話って何だったの?」
「お前の家に入ってから話す。」
彼が自分の家に来るなんて、しかも入って喋るなんて…。
何か良い事あるかも……と期待して相手を横目で見るが、いつもの通りの仏頂面だった。
それに話って、多分いつ行くかって件だろうな…。
期待するどころか逆に気分が落ち込んできた。
「あ、そうだ鍵。」
慌てて鍵を取り出して錠を外す。
先に自分から玄関に入り、サンダルを脱ごうとした。
が、包帯を指先までも巻いているため中々脱がせない。
そうこうしている間、サスケも玄関の中へ入って来て扉を閉めた。
おかげで狭い玄関はさらに狭くなった。
「さっさと脱げ。」
「いや、中々脱げなくて……。」
「…………。」
「…………。」
「座れ。」
「え?」
「いいからこっち向いて、腰つけ。」
いわれた通りにすると彼は腰を下ろして私のサンダルを脱がしにかかった。
「ご、ごめん……。」
彼は何も応えない。
代わりに素足に彼の冷たい指が触れて、ドキッとする。
相手にはその動揺が分かる筈もないのに何故だか恥ずかしい。
前を向いていると、うつむいてはいるが相手と正面に向き合う格好の所為もあって気恥ずかしく、少し目線を斜め上に移す。
が、片方のサンダルを脱がされた時、違和感を覚えた。
足の指の裏が熱い。粘液の様な感触も感じる。
「…………え。」
前を見て、思わず声を漏らした。
けどその後、どう反応して良いか分からない。
舐められている。
いつものあの少し不機嫌そうな顔で、親指から小指まで丹念に舐め、しゃぶられている。
ただ顔が紅潮していくばかりで、足を引っ込める事も嫌と言う事も出来ない。
ほんのわずかなかゆさと、足指から伝染していく体の沸騰と快感で埋め尽くされていく。
抵抗しないと思ったのか、又はただ予定通りなのか、舌は足の裏に移動していく。
同時につかんでいた私の足を前へ回し、私の体全体も自然と玄関に寝転ぶ形になった。
何で?何でサスケ君が?
そう思っている合間にも彼の舌は足を神経に沿って舐めつづり、時折快感か何らかの刺激で体は震えた。
ゆっくりと舌は上へ上がってゆく。
彼の骨ばった手が優しく自分の体に沿われる。
頬が、鼻が、唇が、耳が触れる。
任務中、ふとした事で触れてその度に一喜一憂していた部分が彼の意思で何度も触れてくる。
私の肌の上に塗られた彼の唾液が時間が経過して乾いたと思ったら、また乾いた部分を彼は舐め重ねて湿らせていく。
初めて見る彼の性的な行為に戸惑いながらもそれは徐々に快感に埋め尽くされていった。



必死だった。
彼女をこの世に、自分の傍に引き止めていたい思いで必死だった。
「サ、サスケく………」
下から見上げているサクラの動く唇を中指と人差し指で柔らかく押さえる。
それで空いた隙間をぬって紅く熱い口内を下と同じようにまさぐる。
歯を食いしばる事も出来ず、案の定喘ぎ声が漏れ出した。
彼女に生きる意志を失って欲しくない。
自殺なんて、考えないように。
「サクラ」
オレを、1人にしないように。
「オレと、一緒に………。」
オレは彼女にしてやれる事をする事にした。












ベッドから起き上がって出ようとすると、ズボンのベルトを後ろからつかまれた。
「……何だ。」
「ありがとう。」
プロポーズの事らしい。こちらは少し頬を染めるだけで何も応えなかった。
だが彼女は構わず続ける。
「嬉しかった。」
涙ぐみながらこちらを真っ直ぐ見ている。
「本当に、嬉しい。」
その笑顔に心が痛む。
オレは最低だ。
ただこれ以上失いたくない為に、サクラを抱いて、結婚しようとしている。
恋でも愛でもなく、自分の為だけに。
そして今でもその事実を告白するつもりなど毛頭無い。
オレは………。




ナルトは、許してくれるだろうか。








あとがき
サスケは里抜けしていません。
その為サクラも綱手に弟子入りしていません。二人の年齢は20歳前後。
何とか18禁にならぬ様にまとめました。