友達







 黄色い髪とか、変な言いまわしとか、何よりも弱いくせによく吠えるのが気に入らねえって
 よく喧嘩を売られてた。
 喧嘩を売られりゃ買わずにいられねえ性格だから、生傷が絶えなかった。
 田舎で暇を持て余してるバカがオレを含めて多くて、喧嘩グループが出来るぐらいには荒れてる地域だった。
 喧嘩はするけど、どのグループにも入る気がなかったオレは
 おかげで春に初めて袖を通した制服もすぐボロボロになって、いつも小汚ねえ格好をしてた。
 その日も、売り言葉に買い言葉で喧嘩をしてた。
 相手は5人、詰めの甘い弱い奴らだと知ってたから勝算はあった。
 まさかただの喧嘩バカが用意周到に手の裏を合わせて来てるなんて思いもしてなかったから、
 人気のない公衆便所に追い込まれた時はさすがにヤバイと思った。
 尿と水が混じった床に叩きつけられ、体に押し付けられるいくつもの靴底を振り払ってがむしゃらに突進する。
 突進した先が一番の巨体だった事が分かって、こりゃ押し進められねえと冷静に考えていたが
 期待を裏切ってあっさりと体が押し進んだ。
 一瞬戸惑っていた、その目線の先には見慣れた木の葉の校章が胸元に見えた。
 目線を上にあげると、この場にそぐわない端正な顔立ちのスカシヤローが見えた。
「…サ…!?」
 もし助けが来るとしても、候補にも挙がらない奴がこの場に居て、
 しかもさっきの巨体を受け流したのがコイツだという事実に驚いてつい名前を呼びそうになった。
 知り合いでも何でもない奴の筈だった。
 間髪入れず投げつけられたゴミ箱を何でもない風に避けて、不意打ちなんかせず綺麗に一人の足を転ばす。
 そのせいで傍に居た奴はもたつく、サスケの腕を掴んだ奴は勢いあまったのかそのまま投げられ綺麗な円を描いた。
 どのグループにも属してないのに、すげえ強いってのは聞いてた。
 何でも県内随一の不良集団に些細な事で喧嘩を売られて、単身で勝ってしまったとか。
 しかもその後もグループに入る事も作る事もせず、気ままに学生生活を送っているとか。
 不良集団とかグループとかバカみてえと思ったけど、正直胸が高まった。
 そして今、嘘じゃねえと目の前の光景を見る。
「ナルト!」
 名前を呼ばれて驚いた。
 オレの名前、知ってんのかよ。
 知らず口の端から笑んでしまう。
 応えるように、サスケから突き飛ばされた奴の顔面を思いっきり拳で打ち付けた。


 これ以上やっても仕方ねえと目配せして、傍に湖のある公園まで逃げてきた。
 別に二人揃って同じ方向に逃げる必要もねえよな、と思いつつ、何故かサスケの足もここに向かっていたから。
 7時に差し掛かる時間で、子供もいなかった。昔よく慣れ親しんでいた公園を息を整えながら見渡した。
 少し離れたところで同じように息を整えているサスケを見る。
 服が乱れてないんだよな。
 キッチリ着てるんじゃなくて、喧嘩で服を掴まれたり破られたりしてねえって事なんだ。
 その上なんとかグループの一族?とか、全国模試で名前が載ってたとか、
 そういう奴なんだよなって考えながら目の前のサスケを見てたら、
 トイレの汚ねえ水浸しの床で、ズボンに泥つけて座り込んでた自分がみっともなくて
 つい虚勢を張るようにボソッと言った。
「…助けてくれなんて言ってねーし」
「……」
 でもサスケは他の奴らみたいな、見下す目で見ては来なかった。
「向こうは5人で真っ当な勝負出来る訳ねえだろ。考えてから喧嘩しろよ」
「…人数なんて関係ねえ。イルカ先生の事バカにしたから…」
「……」
「お前こそバカに思ってんなら助けんなよ」
 サスケはバカだなんて一言も言ってないんだけど、どうせバカにしてんだろうと口をへの字に曲げた。
「あんな喧嘩してる中で落ち着いて小便出来るか」
「いや、別のトイレ行きゃいいだろ!」
 コイツ結構面白いんじゃ?
 山の手のお坊ちゃんだと思っていたサスケから、小便なんて言葉が出るのもおかしくて声が上擦った。
「…オレは、弱い奴に卑怯な手を使って勝った気になる奴が気に入らねえだけだ」
「誰が弱いって?」
「お前に決まってんだろ。落ちこぼれ。」
 気分良く喋っていたのに、面白い奴と思った事を後悔した。
 殴りかかろうと拳を振り上げたが、見え見えの軌道に難なく避けられた。
「やっぱテメームカつく!」
「勝手にムカついてろ」
 このスカシヤローに何とか一発拳を入れてやりたくて、拳や足を入れるがどうやっても一発入らない。
 こんな見渡しの良い公園で、
 不良集団を倒しましたなんてバカみたいな噂の付いた奴をどうにかしようと思う方がバカなんだろうけど
 歯牙にもかけない顔つきで避けるサスケを見てると、どうしても一発殴ってやりたかった。
 正攻法でダメなら…
「…や〜い お前の母ちゃんデベソ」
「…」
 雰囲気が余計険悪になっただけだった。
 サスケはバカかコイツという顔で攻撃を避ける。
「口臭え!」
「お前の生え際やべえ!」
「友達いない!」
 思いつく限りの悪口を吐きながら、油断したところに一発という作戦だったが
 サスケは息を乱す事なく全ての突きと蹴りをかわした。
 却ってこっちがしんどくなった気がする。
 ゼエゼエ息を切らして、タンマの意を示して片手を上げた。
「…ま、待って。ちょい待って。」
「…ウスラトンカチ…」
「…ハアッ…ハア…」
 息を整えながら、幾分気の抜けたサスケを確認して静かに語りかける。
「…オレ…サスケくんの好きな子知ってるんですけど…」
「……何か言ったか」
「…今から同じクラスの奴に一斉送信したいと思います!」
 格好良くバッと取り出そうとしたがもたついてしまった、携帯を頭上高くにかざして叫んだ。
 ゴクンと生唾を飲み、チラッとサスケの反応をうかがう。
 サスケは無言だった。
 目はマジだった。
 そろ、そろ、と足を擦る。
 サスケが合わせてじり、と腰を据える。
 コイツ本当に好きな奴いたのかよ…と自分で吹っかけた嘘に後悔しかけた。
 油断させるどころか、完全に獣の目でオレの携帯を狙っている。
 限界まで力を入れていた腰から足を蹴る。
 そのまま、とにかく前へ前へ駆ける。後ろを振り向く暇もない。
 背後からは、軽い音だがすぐ後ろから聞こえる靴音が聞こえる。
 完璧に頭に血がのぼってやがる。
 足は向こうの方が早いかもしれない。肩にサスケの伸ばした指が一瞬当たった。
 冷やっとしたが、滑り台やブランコなどの遊具を飛び越え障害にすると、その都度間が少しだけ空いた。
 時々サスケの方を振り返り、その落ち着いているが必死な形相を確認しては相手に気付かれないように笑った。
 サスケと目が合うと眉を釣り上げて睨んできたが、内心ビビってる心とは逆にニッと歯を見せて笑ってやった。
 お前の好きな奴なんて知らねえよ。
 本当の事を言えば、このガキの喧嘩みたいな公園遊びも終わると分かっていた。
 やめたくねえ。楽しい。
 けど、さすがに障害を避けるパターンも分かってきたのかサスケは確実に間を詰めてきていた。
 ブランコの鎖を投げつけたが避けられる。
 投げつけた動作で足がもたついた隙を狙って、サスケが腕を伸ばした。
 ここだ。
 ブランコの隣にあるアーチ上の柱に体をくぐらせる。
 そのまま倒れこむように地面に飛ぶ。
 サスケも同じように柱の間をくぐった。
「…ウスラトンカチ…! オレの勝ちだな!」
 サスケの拳には、オレの、糸のほつれたシャツの端が握られていた。
 ハア、ハア、と息切れしながらサスケを見返す。
「…ハア、言ったら、どうなるか分かってるだろうな。言わねえって約束、しろ…」
 コイツマジで…バカだな…これまで接点もなかったのに好きな奴とか分かる訳ねえってばよ…。
 すげえ奴、と思っていた幻想が良い意味で打ち砕かれた気がする。
 ヘッと笑ってシャツを握っているサスケの手を振り払う。
「そういう事は自分の状況をよく見て言えってばよ」
「…何…?」
 振り払われた手をもう一度伸ばそうとサスケが身を伸ばすが、どうやっても届かない事に気付いたようだった。
「テメエ! ナルト!」
「だーははは! まいったか!」
「出せ! 助けてやったのに何しやがる!」
 サスケは腕の辺りで柱の間に挟まっていた。
 ナルトとサスケ、縦も横も少しだけサスケの方が大きかった。
 この柱の間はナルトでも、両腕を挙げる事で横幅がギリギリ足りるぐらいの幅だった。
 サスケの場合はすっぽり幅が合ってしまうだろうと、二人で走り合っていた間に確認した。
 しかしまさかここまで綺麗に挟まるとは思っていなかった。
 今日一番のご機嫌でナルトは言い放った。
「参りましたナルト様! これからは上履きを履かさせて頂く事からペーパーテストの代筆をさせて頂く事まで致します!
 と言えばそこから引っ張ってやる」
「言う訳ねえだろ! 出せっつってんだろ! 早くしねえとぶっ殺すぞ!」
 想像外の口の悪さと、想像通りに高いプライドとあきらめの悪さだった。
 サスケが何とか脱しようと前に押したり後ろに引いたりする様子に腹を抱えて笑った。
 それに一向に参る素振りを見せないし、仕方ねえなと携帯を取り出す。
 ぴろりんぴろりんと場にそぐわない可愛いメロディが響いた。
「…オイ…お前…」
「あ〜確かサスケくんは女子にモテモテでしたよね〜これ見せたらもっとモテモテになると思うな〜オレ」
「テメエ!! 許さねえ! 絶対許さねえからな!」
 と尻から吠えるサスケを背後から写メった後、動画を撮りながら適当に相槌を打つ。
「動きが加わるとさらに格好良さが引き立つってばよ!」
「…………」
「ホラ! こっち見て見て! ピース! なんだよノリ悪いな〜」
 無言ではあるがビキビキと血管を浮かべた表情が不気味なほど怖い。
 少し冗談が過ぎたなと思ったその時、柱からビキッと音が聞こえたような気がした。
 気がした、ではなかったってばよ。
 老朽化したブランコの柱が、静かに怒り狂っているサスケの馬鹿力でわずかにヒビが入っていた。
「…お…おお…」
 ビキィ! と柱の断末魔が聞こえた。
 緩くなった2つの柱の間からサスケがゆらっと這い出る。
 暗闇と電柱のわずかな光を受けて浮かび上がったサスケの顔は、端正な顔立ちとか言うレベルではなかった。
「…実はオレ知らねーし…お前の好きな奴とか…」
 サスケの三白眼がギリッと暗闇で光った。ような気がした。
 どちらが踏み出すが早かったか覚えていない。
 気づけばオレの左頬にはお前の拳が、お前の左頬にはオレの拳がめり込んでいた。
 オレの顔に拳を入れたのは親父と兄貴しかいねえと、後でお前は笑って言ってた。
 いつも憮然として教室に居たお前とは、似ても似つかない顔だった。
 その顔にくすぐったいような嬉しさを覚えた。



 それから何故かサスケとつるむようになった。
 実際に話す前は、どんな奴なんだろう、何を話したらいいんだって緊張したけど
 意外に抜けたところがあったり、褒めれば照れたり、行き過ぎた冗談を言うと本気になって殴りかかってきたり、
 オレと変わらねえ奴だった。
 会話もしょうもねえ事しか喋ってなかった。
 つまんねえ授業とか行事の愚痴だったり、プロレスとかサッカーとかその時流行ってるスポーツについて話したり。
 オレがやったらああしてこうして絶対勝ってやるとか、意気だけは二人で巻いていた。
 変わった事と言ったら、サスケには負けたくねえからそれまで興味もなかった勉強をまともに始めた事。
 体育でサスケに勝つ事はあったけど他は毎回追試の状態だった。
 そんな状態で、サスケから奪い取った内申でオール5を見させられたら我慢出来なかった。
 要点が分かれば楽しいもんなんだって知った。
 試験の結果が出たら、滅多に驚かない担任のカカシ先生には目を点にされるし、
 イルカ先生はわざわざ会いに来て何を言うかと思ったら、顔を見るだけ何も言わず泣き出して行ってしまった。
 サスケとは競うと同時に、些細な事でよく喧嘩もした。
 さっきの喧嘩はオレが買ったもんだ邪魔すんなとか、弁当食べやがったとか、くだらねえ事から色々と。
 でも内心は変わらずサスケに憧れを持っていた。
 オレの他にこんなに親しくしてる奴はいねえだろうって、ちょっと自慢だった。言わねえけど。
 サスケがどう思ってたかは知らねえ。
 時々本気で見下したような言葉を投げられる事もあった。
 その時は自分でも意外なほどムカついちまって、何度か喧嘩した。
 どんなに険悪な喧嘩をしても日が経てばどちらともなく、ちょっと居心地悪そうに隣に立って、また元通りになった。
 何となく、友達なんだってことはお互いにわかっていたと思う。



「な、な、帰りちょっと付き合ってくんね? アクセサリーの店なんだけどよ」
「アクセサリー?」
「女の子が多くて1人じゃ入る勇気がなくって…」
「…野郎2人で入ったら余計怪しまれるだろ」
「カッケーの見つけたんだってばよ! キラキラした石のヤツでさー!」
「断る」
「頼むってばよー! お前が一番適任なんだよ! イケメンの知り合い他にいねえんだから」
 耳を貸さず、サスケは鞄に筆記具や予習の課された教科のノートだけ放り込んでいく。
「じゃ こうするってばよ! お前一人で中に入って買ってくる。」
「オレはパシリか」
「ナルト! アンタまたサスケくんにちょっかい出してんの?」
 凛とした音色の声にはっと振り向く。
 桃色の髪の、意中の女の子の姿を確認し思わず口元がにやけるが、相手の機嫌悪そうな釣り上がった目と視線が合い縮こまる。
「サ、サクラちゃん」
「調査票の紙忘れたでしょ!? 忘れたアンタじゃなくて係の私が先生に叱られるんだから! 明日必ず持って来い!」
「ハイ、すいませんでした…」
 それだけ言うと、サクラの顔は帰り仕度をしているサスケの方へ向いた。
「…話は変わるけどさ、サスケくんとナルトって仲良かったの?」
「「仲良くねえ」」
 ブレることなく二人同時に答え、ナルトとサスケはお互いを一瞬見て直ぐ不機嫌そうに顔を背けた。
「ああ…最近よく一緒にいるなって思っただけだから」
 サクラはあきれたような顔で二人を見て、また何か思い出したようにサスケに言った。
「ね、サスケくん。もし良かったら今日一緒に帰りたいなーって…」
 さっきの自分に対する剣幕とは打って変わった、穏やかな甘い口調でサスケに語りかける。
 ナルトはそれがおもしろくなくて、サスケが答える前にちゃかした口調で割り込んだ。
「サクラちゃ〜ん、どうせ断わられるんだからオレと下校デートしない?」
「アンタは黙ってろ!!」
「今日は用事がある」
 誘いを一刀両断するいつものサスケの反応に、内心ほっとする。
 サクラは毎度の事だが肩を降ろして自嘲気味に笑った。
「用事って何?」
「コイツがアクセサリーの店に行きたいんだと」
 サスケはナルトの方に顎を向けて示した。
 引き合いに出されると思っていなかった自分の用事を言われ、ナルトは少し戸惑った。
「アクセサリーの店? それどこよ」
「あ、えっと、どこだっけ? …えっと、裏道通った所の…」
「分かった! 新しく出来た所でしょ。でもあそこ女の子しか入らないよ。」
「だからサクラ、お前一緒に行ってやれ」
 えっ、とナルトとサクラはサスケを見る。
 サスケは軽い鞄を持ち席を立った。
「そ、それじゃさ、サスケくんも一緒に行こうよ」
「オレは用事がある。じゃあまた明日な。」
「えっ…あ、また明日…」
 颯爽と教室から居なくなったサスケに、二人は黙ったまま立っていた。
 唐突なサスケの退場に、ナルトは言い表わせない驚きと不快感のような物を感じた。
 沈黙を絶ったのは、ナルトではなくサクラだった。
「…しょうがないわねー。その代わり、近くのお茶屋さんでパフェオゴってよ。」
「えっ!? マジ? いいの?」
「うっさい! 断じてコレはデートじゃないからね!」
 感じた不快感は、サクラのOKですぐさま吹き飛んだ。
 それでも、茶屋でサクラと過ごしている間もサスケの事が頭に張り付いていた。



 バイクで来るんじゃなかった、重てえ…
「で、何だよ話したい事って。簡潔に話せよ。」
「なあこれ押してみねえ? 意外に楽しいってばよ」
 最近急に付き合いの悪くなったサスケを捕まえるのは苦労した。
 下校時なら問題ないだろうと、単刀直入に用件を伝えて、今二人で見慣れた道を歩いている。
「はぐらかすなよ」
「はぐらかしてねえって…ホラ、前のアクセサリーの。」
「アクセサリー? ああ、それが何だ」
「…や、何かさあ…変に気ィ使ってんのかなって」
 いつもの自分に似合わず歯切れが悪いのは分かっていた。
 サスケがオレにそんな気を使う筈はないという、思い上がりをしているんじゃという気持ち。
 そしてサスケとの間の大切な関係にヒビが入ってしまうんじゃないかという気持ち。
 単純に一つの思いで行動していた今までと違った、複雑な気持ちが心にまとわりついていた。
「気を使う? 何でオレがお前に気ィ使わなきゃいけねえんだよ」
「…お前あれからオレ避けてんだろ」
「避けてねえよ」
「避けてるって」
「避けてねえっつってんだろ。殴るぞ。」
「殴れよ」
「…バカは相手にしねえ」
 自分の言葉を聞く気のないサスケがもどかしい。
 本当に友達なのかよ。
 目線を下げ、無機質なアスファルトの道を見つめながら歩く。
 何故か目頭が熱くなった。それを振り切るようにバイクのハンドルを強く握る。
 ふと、柔らかい言葉が聞こえた。
 初め、サスケの声だと分からなかったぐらいの。
「お前、サクラの事好きなんだろう」
 頭を上げて、サスケの横顔を見た。
 気付いたように、サスケもナルトを見返した。
「オレ、別に好きじゃねえから」
 どうでもいいように、いつもの淡白な声でその言葉を吐き出した。
 腹の奥をキュッと掴まれたような感覚がした。
 気付いたら、サスケの左頬に自分の拳がめり込んでいた。
 倒れたサスケに構わず、バイクにまたがりヘルメットを被る。
「ウスラトンカチ! 何しやがる!」
 掴みかかってきたサスケの腕を押しのけ、エンジンを走らせた。
 後ろから罵声のような怒鳴り声が聞こえたが、頭に入って来なかった。
 一回は抑えた目頭の熱さがじわじわと戻って、今度は頬に熱い物が流れた。
 止めようと思っても止まらない。
 止めようとすればするほど、幾筋も熱さを感じた。
 目の前のだだっ広い田舎道がぼやけて、前が見えない。
 ちくしょう。
 ちくしょう…
 夕日を受けて、真っ赤に輝く屋上にサスケとサクラが居た。
 無言で2人揃って座っている、
 それだけなのに、何故か声を掛け辛くて、2人の背中を見ていた。
 サクラがそっとサスケの手の甲に手の平を重ねたのが見えた。
 サスケは…
 手を振りほどかなかった。
 見てはいけない物をのぞき見てしまったように思った。
 何より、早る心臓の鼓動に気持ち悪くなって、直ぐに屋上の階段を降りた。
 階段を降り切って、急に力が抜けた腰がドサッと床に落ちた。
 心臓の音は鳴り止んでなかった。
 身体が震える。
 なんでサスケなんだよ。
 走馬灯みたいに浮かび上がった赤い光景から、緑の覆い茂る山に目が覚めた。
 バイクを止めて、乱暴に被ったヘルメットを脱ぐ。
 乱れた髪を整えるつもりで手を当てた。
 髪を軽く払った後、堪らず、グシャッと頭を掴んだ。
『オレ、別に好きじゃねえから』
 さっきの言葉を反芻する。
 あ、やべ…
 思い出したように、また涙がこぼれ出す。
 汚れるのも構わず、上着の袖で涙を押さえる。
 濡れた上着の感触が気持ち悪い。
 何故こんなに悲しいのか、悔しいのか分からなかった。
 ただ、今自分が何を思っているかは分かった。
 お前の好きな奴なんて知ってんだよ。
 オレら、友達じゃねえのかよ。
 拳がズキズキする。







つづく





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